ア 主たる争点
ⅰ)本件各解約金条項は平均的な損害を超える解約金を定めるものか
ⅱ)本件クリーニング代等負担条項は消費者の無過失責任を定めるものか
ⅲ)本件各条項を内容とする意思表示の差止め等の要否
イ 主たる争点についての裁判所の判断の概要
【争点ⅰ】
⑴ 本件各解約金条項における逸失利益の取扱い
ア 被告は、不特定かつ多数の消費者との間で、成人式等において着用する振袖の貸衣装契約(以下「本件契約」という。)を締結しているところ、本件契約が法第2条第3項所定の消費者契約に該当すること及び本件各解約金条項が違約金等条項に該当することは、当事者間に争いがない。
そして、違約金等条項は、平均的な損害を超える部分が無効とされるところ、本件契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害は、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害をいうものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみるに、事実関係によれば、本件契約は、成人式に着用する振袖のレンタル契約という性質上、成人式当日という、1年のうちの特定の1日のみのために締結される契約であって、その顧客層も、同日に成人式を迎える女性を子に持つ、被告の店舗の近隣に居住する家庭に限られているものである。また、被告は、成人式のおおむね2年半以上前から、本件契約の勧誘のための宣伝広告を積極的に行っていることもあって、本件契約のうち、成人式の1年以上前に締結されるものが、全体の7割ないし8割程度を占めている。さらに、被告では、同一店舗において、同一年の成人式のために、同じ種類の振袖を他の顧客にレンタルすることはしていないところ、本件契約が契約締結から相当期間経過後に解除されたときは、同契約に係る振袖のデザインが顧客層から流行に後れたものとみられる可能性を否定することができない。これらの事情に照らすと、本件契約が解除された場合、その代替可能性、すなわち再契約することは基本的に困難であると想定され、現に、別紙5キャンセル数・再契約数一覧表をみても、全体の再契約率は相当低いものにとどまっている。
以上によれば、被告は、本件契約の解除により、原則として、顧客が本件契約に基づき被告に支払うべき振袖のレンタル料金に相当する損害を被るものというべきであり、同損害は、本件契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に含まれるものと解される。
ウ また、事実関係によれば、本件契約を締結した顧客のうちの多数の者が、レンタル料金のほかに追加料金を支払って、前撮りの際の写真撮影枚数を追加していることが認められる。
そうすると、被告は、本件契約の解除により、顧客が被告に支払うべき上記追加料金に相当する損害を被るものというべきであり、同損害も、本件契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に含まれるものと解される。
エ 他方、本件契約の解除後に再契約があった場合は、これにより損害が填補されたものと認められるから、平均的な損害の算定に当たっては、再契約によって被告が取得する利益を、前記イ及びウの損害から控除すべきである。
また、本件契約が解除された場合、被告の提携先の美容室における成人式当日のヘアメイク・着付けや、顧客から返却される振袖のクリーニングは不要となる。そこで、これにより被告が一定の費用の支出を免れる場合は、当該費用も前記イ及びウの損害から控除すべきである。
⑵ 本件各解約金条項の効力
ア 本件解約金条項①及び②
前記⑴のとおり、本件契約が解除された場合における被告の平均的な損害には、振袖のレンタル料金や前撮りの際の追加料金といった逸失利益が含まれると解すべきであるところ、この場合に本件解約金条項①及び②が平均的な損害を超える額の解約金を定めたものでないことについては、当事者間に争いがない。
イ 本件解約金条項③
本件解約金条項③は、着用日の6日前から着用日当日までの間の解約の場合にレンタル料金の100%を解約金とするものである。そこで、この解約に伴い生じる被告の平均的な損害について検討する。なお、前撮り後は本件解約金条項④が適用されると考えられるため、前撮り前の解約を前提とする。
(ア) レンタル料金
まず、被告は、上記期間中の解約により、本件契約に基づき被告に支払うべき振袖のレンタル料金に相当する損害を被るものといえる。
そして、平成28年から平成30年までの3年間における被告の振袖レンタル料金の平均額は21万6287円であるから、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告に生ずる上記損害額は、21万6287円と認めるのが相当である。
(イ) 前撮りの際の追加料金
また、被告は、上記期間中の解約により、顧客が前撮りの際に写真撮影枚数を追加するときに支払う追加料金に相当する損害を被るものといえる。
そして、被告のスタジオ売上については、被告が振袖を販売した客に対するものと振袖をレンタルした客に対するものとを区分した社内資料が存在しないため、振袖レンタルに係るスタジオ売上の正確な金額を認定することは困難であるが、①被告における振袖のレンタル売上は、振袖の販売による売上を大きく上回り、被告全体の売上の4割程度を占めていること、②本件契約をした顧客の中には、レンタル料金のほかに追加料金を支払って、前撮りの際の写真撮影枚数を追加する者が多数存在すること、③スタジオでの写真撮影の費用は、振袖を購入した顧客と振袖をレンタルした顧客とで大差がないと考えられることなどに鑑みると、④スタジオ売上には、成人式の前撮りの際に行われる写真撮影のほかに結婚式、卒業式、七五三、お宮参り、誕生日、マタニティ等の際に行われる写真撮影に係るものも含まれていることを考慮したとしても、振袖レンタルに係るスタジオ売上は、少なくともスタジオ売上全体の2分の1を下回るものではないと推認される。
そうすると、被告の平成29年における振袖レンタルに係るスタジオ売上は1億1543万2229円、平成30年は同1億2691万1039円を下回るものではなく、各売上の同年における振袖のレンタル売上に対する比率は、平成29年が37%、平成30年が33%を下らないものとなる。これらの事情に加えて、平成28年から平成30年までの3年間における被告の振袖レンタル料金の平均額が21万6287円であることを併せ考慮すると、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告に生ずる上記損害額は、7万円を下回るものではないと認めるのが相当である。
(ウ) 再契約による利益
前記⑴エのとおり、平均的な損害の算定に当たっては、再契約によって被告が取得する利益を前記(ア)及び(イ)の損害から控除すべきである。
ここで、本件解約金条項③における「着用日」とは、最初の着用日(前撮りをする場合は前撮り日、前撮りをしない場合は成人式当日)を意味するところ、前撮りはおおむね成人式当日の1年前頃から成人式当日までの間に行われ、成人式当日の半年以上前に行われるものが多いことや、具体的な着用日の記載がある売上伝票及び契約伝票をみても、成人式の1年以上前に前撮りを実施したことがうかがえるものはないことを踏まえると、前撮り日の6日前から前撮り当日までの間の解約は、実際には、成人式当日の1年前から成人式当日までの間に行われるものと認めるのが相当である。また、本件契約を締結する顧客の大部分は、前撮りを行っている。
そして、別紙5キャンセル数・再契約数一覧表によれば、本件契約が成人式当日の1年前から成人式当日までの間に解約された場合の再契約率は6%(63件中4件)であることからすると、一人の顧客と被告との本件契約が解除された後の再契約によって被告が取得する利益は、前記(ア)及び(イ)の合計額(28万6287円)に上記割合を乗じた程度(約1万7000円)と認めるのが相当である。
(エ) ヘアメイク・着付け費用
本件契約が解除された場合、被告の提携先の美容室における成人式当日のヘアメイク・着付けは不要となるため、これにより被告が一定の費用の支出を免れる場合は、当該費用を被告の損害から控除すべきである。
そこで検討するに、成人式当日のヘアメイク・着付けに関するスケジュールは、成人式当日の約1か月前頃に確定するところ、スケジュールの確定前であれば、美容室が他の顧客と再契約できる可能性がある以上、被告がヘアメイク・着付け費用の支出を免れ得ると考えても不合理ではない。そうすると、被告は、本件契約が解除された場合、スケジュール確定後の解約であれば上記各費用の支出を免れることができると認めるのが相当である。
ここで、前撮り日の6日前から前撮り当日までの間の解約が、実施には、成人式当日の1年前から成人式当日までの間に行われるものと認められることは前記(ウ)のとおりである。これに加えて、成人式当日のヘアメイク・着付けに関するスケジュールが確定するのは成人式当日の約1か月前頃であり、その後に本件契約が解除された場合、被告は美容室への支出を免れないことを併せ考慮すると、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告が免れるヘアメイク・着付け費用は、顧客一人当たりのヘアメイク・着付け費用の相当額である1万5000円の9割程度(約1万4000円)と認めるのが相当である。
(オ) クリーニング費用
本件契約が解除された場合、顧客から返却される振袖のクリーニングは不要となるため、これにより被告が一定の費用の支出を免れる場合は、当該費用を被告の損害から控除すべきである。
そこで検討するに、被告がレンタルする振袖は、クリーニング業者により、あらかじめ有償でガード加工が施されており、返却された際に染みや汚れがない場合は、当該業者によるクリーニング費用は無料であること、返却された際に染みや汚れがある場合は、通常1件当たり約2000円のクリーニング費用を要するが、同費用を要する振袖の割合は全体の半数に満たない程度であることからすると、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告が免れるクリーニング費用は、約1000円と認めるのが相当である。
(カ) 小括
以上によれば、着用日の6日前から着用日当日までの間の本件契約の解除に伴い被告に生じる平均的な損害は、レンタル料金及び前撮りの際の追加料金の合計28万6287円から、再契約による利益、ヘアメイク・着付け費用及びクリーニング費用の合計3万2000円程度を控除した25万4287円となるところ、かかる損害額は、レンタル料金相当額(21万6287円)の100%を上回るものである。
したがって、レンタル料金相当額の100%を解約金と定める本件解約金条項③は、被告の平均的な損害を超える額の解約金を定めたものとは認められない。
ウ 本件解約金条項④
本件解約金条項④は、前撮り後の解約の場合にレンタル料金の100%を解約金とするものである。そこで、この解約に伴い被告に生じる平均的な損害について検討する。
(ア) レンタル料金
前撮り後の解約に伴い被告がレンタル料金相当額(21万6287円)の損害を被ることは、本件解約金条項③の場合と同様である。
(イ) 前撮りの際の追加料金
有料で前撮りの撮影枚数を追加した顧客が実際に前撮りを行った後に本件契約を解除した場合における当該追加料金の取扱いに関し、本件規定に特段の定めはない。また、被告において特段の取り決めがされているものでもなく、その実例もない。
しかしながら、被告において実際に写真撮影を行った以上、被告は上記追加料金の請求権を取得するものであって、その後に本件契約が解除されたことにより当然に同請求権を失うものではない。また、被告も、仮定の話であるという前提付きではあるものの、これと同様の取扱いとなると思われる旨を主張している。
したがって、前撮り後の解約に伴い被告が上記追加料金に相当する損害を被るものとは認められない。
(ウ) 再契約による利益
被告は、前撮り後に本件契約が解除された場合、同一年の成人式のために他の顧客と再契約をしていない。
したがって、前撮り後の解約の場合、被告に再契約による利益があるとは認められない。
(エ) ヘアメイク・着付け費用
前記イ(ウ)のとおり、前撮りはおおむね成人式当日の1年前頃から成人式当日までの間に行われることなどを踏まえると、前撮り後の解約は、実際には、成人式当日の1年前から成人式当日までの間に行われるものと認めるのが相当である。
そうすると、本件解約金条項③の場合と同様に、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告が免れるヘアメイク・着付け費用は、約1万4000円と認めるのが相当である。
(オ) クリーニング費用
本件解約金条項③の場合と同様に、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告が免れるクリーニング費用は、約1000円と認めるのが相当である。
(カ) 小括
以上によれば、前撮り後の本件契約の解除に伴い被告に生じる平均的な損害は、レンタル料金21万6287円から、ヘアメイク・着付け費用及びクリーニング費用の合計約1万5000円を控除したものとなる。そして、上記費用の合計額は、上記レンタル料金の約7%に相当する。
したがって、レンタル料金相当額(21万6287円)の100%を解約金とする本件解約金条項④のうち、レンタル料金相当額の93%を超える解約金を定める部分は、平均的な損害を超える額の解約金を定めたものとして、法第9条第1号により無効であると解するのが相当である。
エ 本件解約金条項⑤
本件解約金条項⑤は、オーダーレンタルの場合、契約日8日目以降はレンタル料金の100%を解約金とするものである。そこで、オーダーレンタルの解約に伴い被告に生じる平均的な損害について検討する。なお、オーダーレンタルの場合であっても、前撮り後は本件解約金条項④が適用されると考えられるため、前撮り前の解約を前提とする。
(ア) レンタル料金
オーダーレンタル後の解約に伴い被告がレンタル料金相当額(21万6287円)の損害を被ることは、本件解約金条項③の場合と同様である。
(イ) 前撮りの際の追加料金
オーダーレンタル後の解約に伴い、被告が前撮りの際の追加料金に相当する損害(少なくとも7万円)を被ることは、本件解約金条項③の場合と同様である。
(ウ) 再契約による利益
オーダーレンタルは、顧客の体型に合わせて振袖を製作するものであり、一般的に、再契約に至ることは困難であると考えられため、オーダーレンタルが解約された場合、被告に再契約による利益があるとは認められない。
(エ) ヘアメイク・着付け費用
一般的な本件契約の締結時期に照らすと、オーダーレンタル後の解約は、おおむね成人式当日の2年半頃前から成人式当日までの間に行われるものと認められる。
そうすると、成人式当日のヘアメイク・着付けに関するスケジュールが確定するのは成人式当日の約1か月前頃であり、その後に本件契約が解除された場合、被告は美容室への支出を免れないことを併せ考慮しても、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告が免れるヘアメイク・着付け費用は、顧客一人当たりのヘアメイク・着付け費用の相当額である1万5000円の9割程度と認めるのが相当である。
(オ) クリーニング費用
本件解約金条項③の場合と同様に、一人の顧客と被告との本件契約が解除されることによって被告が免れるクリーニング費用は、約1000円と認めるのが相当である。
(カ) 小括
以上によれば、オーダーレンタルに係る本件契約の解除に伴い被告に生じる平均的な損害は、レンタル料金及び前撮りの際の追加料金の合計28万6287円から、ヘアメイク・着付け費用及びクリーニング費用の合計約1万5000円を控除した27万1287円となるところ、かかる損害額は、レンタル料金相当額(21万6287円)の100%を上回るものであえる。
したがって、レンタル料金相当額の100%を解約金と定める本件解約金条項⑤は、被告の平均的な損害を超える額の解約金を定めたものとは認められない。
【争点ⅱ】
振袖に染み、汚れ、破損等が生じた場合、被告は、消費者に対し、本件契約上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、振袖のクリーニング費用又は修理費用相当額を請求することが考えられるが、かかる損害賠償責任が認められるためには、消費者に帰責事由(民法第415条第1項ただし書)又は故意・過失(同法709条)があることが要件となる。
しかしながら、本件クリーニング代等負担条項は、帰責事由又は故意・過失がない場合であっても、消費者にクリーニング費用、修理費用等の金銭的負担を強いる内容であるため、民法の規定の適用による場合に比して、消費者の義務を加重するものであって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する条項であるといえる。
したがって、本件クリーニング代等負担条項は、法10条に該当するものであって無効である。
【争点ⅲ】
⑴ 意思表示の差止め
本件解約金条項④が法第9条第1号に該当し、本件クリーニング代等負担条項が法第10条に該当するものであって、いずれも無効なものであることは、前記【争点ⅰ】⑵ウ及び【争点ⅱ】で説示したとおりである。
また、原告が被告に対し、本件各解約金条項を被告の本件規定から削除することを求める書面を送付したところ、被告が本件各解約金条項は法に違反しないと考えている旨回答したこと、原告が本件請求の趣旨と同旨の請求をする旨の法第41条第1項所定の書面を送付したところ、被告が何らの回答もしなかったことは、前提事実のとおりである。
そして、本件訴え提起前における被告の上記態度に加え、被告が本件訴訟において本件各条項は法に違反しない旨主張し、原告の主張を争っていることも併せ考慮すると、被告において、消費者契約を締結するに際し、不特定かつ多数の消費者との間で、本件解約金条項④及び本件クリーニング代等負担条項を含む消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあると認められる。
したがって、かかる行為の差止めを認めるのが相当であり、原告の請求は、上記行為の差止めを求める限度で理由がある。
⑵ 用紙の廃棄
原告は、被告に対し、本件解約金条項④及び本件クリーニング代等負担条項を含む消費者契約の申込み又は承諾の意思表示に供した物の廃棄を求めることができるところ(法第12条第3項)、被告が本件契約の締結に当たり使用する本件規定を印刷した用紙は、上記行為に供した物に該当する。
したがって、原告の請求は、本件解約金条項④及び本件クリーニング代等負担条項が記載された本件規定を印刷した用紙を廃棄するよう求める限度で理由がある。
⑶ 従業員らに対する指示
原告は、被告に対し、本件解約金条項④及び本件クリーニング代等負担条項を含む消費者契約の申込み又は承諾の意思表示の停止若しくは予防に必要な措置をとることを求めることができるところ(法第12条第3項)、被告が、事業活動を実際に行う従業員に対し、上記各条項を含む意思表示を今後行わない旨を周知し、それらの意思表示をするための事務を行わないようにする旨及び本件規定が印刷された用紙を廃棄する旨を指示することは、上記の必要な措置に該当する。
したがって、原告の請求は、別紙2の内容を記載した書面を配布するよう求める限度で理由がある。
ウ 結論
よって、原告の請求は、上記で説示した限度で理由があるから一部認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。