消費者機構日本と株式会社エーチーム・アカデミーとの間の訴訟に関する判決について

差止請求詳細

事業分類

教育,学習支援業

事業者等名

株式会社エーチーム・アカデミー

事案の内容

 本件は、適格消費者団体である特定非営利活動法人消費者機構日本(以下「原告」という。)が、芸能人養成スクールを経営する株式会社エーチーム・アカデミー(以下「被告」という。)に対し、被告の定めた学則中の「退学又は除籍処分の際、既に納入している入学時諸費用については返還しない」旨の条項(以下「本件条項」という。)は、消費者契約法(以下「法」という。)第9条第1号(※)の規定に該当すると主張して、法第12条第3項の規定に基づき、①本件条項を内容とする意思表示の差止め、②本件条項が記載された契約書、学則等の廃棄措置、③①及び②に関する周知徹底措置をとることを求めた事案である(平成30年5月16日付けで東京地方裁判所に対して訴訟を提起)。

(※)消費者契約法
(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第九条 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
 一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
 二 〔略〕   
(注)上記の訴訟が提起された日現在の規定

差止請求根拠条文

消費者契約法第9条第1号

結果

 東京地方裁判所は、令和3年6月10日、以下のように判断した上で、原告の請求を一部認容した(原告は同月22日付けで東京高等裁判所に控訴した。)。

当該裁判の主たる争点

ア 主たる争点
  ⅰ)被告が不特定かつ多数の消費者との間で本件条項を含む消費者契約の締結を現に行い又は行うおそれがあるか否か
  ⅱ)本件条項が消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項に当たるか否か
  ⅲ)本件条項に定める入学時諸費用の額について平均的な損害の額を超える部分の有無

イ 主たる争点についての裁判所の判断の概要
【争点ⅰ】
㈠ 法は、「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいい(法2条3項)、「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう(同条1項)と規定している。
そして、「事業として…契約の当事者となる場合」とは、事業目的そのものを対象とする取引の契約当事者となる場合のように、契約の当事者となる主体自らが当該契約を反復継続して行う意図で行う場合をいい、「事業のために契約の当事者となる場合」とは、事業目的を達成するために必要な契約の当事者となる場合のように、自らの事業の用に供するために契約の当事者となる場合をいうと解される。
 ㈡ これを本件についてみると、前提事実及び認定事実によれば、次のとおり指摘することができる。
 ア 被告が設置している「エーチーム・アカデミー」という名称の芸能人養成スクール(以下「本件スクール」という。)に入学する受講生は、被告との間で受講契約(以下「本件契約」という。)を締結する者であるところ、本件契約の内容等に鑑みれば、受講生が個人であることは明らかである。
 イ 本件スクールへの入学及び在籍を目的とする本件契約を事業目的そのものとし、これを反復継続して行う意図で締結する受講生は想定し難いから、上記受講生による本件契約の締結は「事業として…契約の当事者となる場合」に該当しない。
 ウ 本件スクールに入学する年間約1500人ないし2000人の受講生は、形式上、株式会社エー・ライツ(以下「エー・ライツ」という。)との間でマネジメント契約を締結しているが、その大半はごくわずかな芸能活動の経験しか有しない者又は全く芸能活動の経験を有しない者であり、このうち1年間の就学期間を修了する者は半数程度である。さらに、本件スクールに入学した受講生は、普通科であれば、俳優コース、歌手コース、声優コース、マルチタレントコース又はユーチューバーコースに分かれ、1年間にわたり所定のレッスンを受講し、理論や実技の指導を受けることになるが、実際に本件スクール在学中又は卒業後に自身の名を示して俳優等の活動に従事できる者は、一部の受講生に限られている。
したがって、本件スクールに入学する受講生の大半は、その入学前、在学中及び卒業後を通じて、事業と評価できるほどの芸能活動を行っていないのであるから、受講生がエー・ライツとの間でマネジメント契約を締結しており、その一部には事業と評価できるほどの芸能活動を行っている者がいたとしても、このことをもって直ちに、受講生による本件契約の締結が一概に芸能活動という事業目的を達成するため(当該事業の用に供するため)に本件契約の当事者になったと評価することはできず、「事業のために契約の当事者となる場合」に該当しない。
 ㈢ 以上の事情を総合すれば、本件契約を締結する大半の受講生は、消費者であると認められる。そして、被告は、現在も多数の受講生との間でエーチームアカデミー学則平成30年12月改訂を用いて本件契約を締結し、本件スクールに入学させているのであるから、不特定かつ多数の消費者との間で本件条項を含む消費者契約の締結を現に行い又は行うおそれがあると認められる。

【争点ⅱ】
 ㈠ 前提事実及び認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、入学時諸費用の性質につき、次のとおり指摘することができる。
 ア 本件スクールに入学する受講生は、本件スクールが認定したプロダクションの推薦を受けることが入学条件とされ、入学手続書類の提出に加え、入学時諸費用38万円及び月謝1か月分3万円を支払うことが入学許可の条件とされている。
現に本件スクールに入学する受講生は、エー・ライツが開催するオーディションに最終合格した後、エー・ライツとの間でマネジメント契約を締結し、エー・ライツの推薦を受けて本件スクールに入学するものであり、入学後は、俳優コース、歌手コース、声優コース、マルチタレントコース又はユーチューバーコースに分かれ、1年間にわたり所定のレッスンを受講することにより、本件スクールの講師から理論や実技の指導を受けることができるのである。
 したがって、本件スクールに入学した受講生は、上記のような選抜過程を経たものであり、少なくとも1年間にわたり本件スクールの講師から芸能活動に役立つ理論や実技の指導を受けることができる地位を取得するのであるから、その地位自体に一定の経済的価値があるというべきである。
 イ 上記アのように入学時諸費用38万円の支払が本件スクールの入学条件とされているのは、本件スクールの就学期間が1年間と長期にわたるため、被告において受講生の真摯な入校意思を確認する目的のほか、入学に伴って必要な被告側の手続、準備のための諸経費に充てる目的のためとされている。
もっとも、本件スクールの月謝は3万円とされ、就学期間である1年間の月謝総額は36万円であることからすると、上記入学時諸費用の額は、就学期間の月謝総額を超えており、被告から未だ役務の提供されていない入学時に納入する金員としては相当高額である。
 また、本件スクールは、入学者数の定員の定めはなく、年間を通じて行われるオーディションによって随時受講生を入学させている。そのため、1人の受講生が就学期間中に退学した場合、被告が提供すべき役務の内容(本件スクールの講師による芸能活動に役立つ理論や実技の指導等)に影響を与える可能性があることは否定し難いが、被告は、上記可能性を踏まえ、一定数の受講生が就学期間中に退学することを想定して本件スクールにおける人的物的教育設備の整備等を行っているものと推認することができる。
 ウ 以上の諸点を総合すれば、上記アの入学時諸費用は、本件スクールの受講生としての地位を取得するための対価としての性質を有する部分(以下「本件権利金部分」という。)だけでなく、被告が提供する役務に対する実質的な対価(月謝)に相当する部分も含むものであるとするのが相当であり、本件権利金部分は被告において受講生を受け入れるための手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。
 そうすると、本件権利金部分については、その納付をもって受講生は本件スクールの受講生としての地位を取得するから、その後に本件契約が解除されるなどしても、被告がその返還義務を負う理由はないというべきである。そして、上記諸事情に照らすと、本件権利金部分は、12万円と認めるのが相当である。
 エ これに対し、上記アの入学時諸費用中、本件権利金部分を除いた部分(以下「本件費用等部分」という。)は、被告が提供する役務に対する実質的な対価(月謝)に相当する部分である。本件契約が解除された場合には、当該解除後は、被告から役務の提供等を受ける機会がないのであるから、特約のない限り、被告が提供する役務に対する実質的な対価(月謝)に相当する部分を被告が取得する根拠を欠くといえる。
 ㈡ 以上によれば、本件スクールに入学する受講生が支払う入学時諸費用のうち、本件スクールの受講生としての地位に取得するための対価としての性質を有する部分(本件権利金部分)は、上記㈠ウのとおり、その納付後に本件契約が解除されるなどしても、その性質上被告がその返還義務を負うものではないから、本件条項のうち本件権利金部分に関する部分は、注意的な定めにすぎないというべきである。
 これに対し、本件条項のうち本件費用等部分に関する部分は、本件契約が解除された場合に本来は被告が返還すべきものに相当する額の金員を被告が取得することを定めた合意であり、被告が被る可能性のある有形、無形の損失又は不利益等を回避、てん補する目的、意義を有するものということができるから、本件契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するものと解するのが相当である。
したがって、本件条項のうち本件費用等部分に関する部分(具体的には、12万円(本件権利金部分)を超えて返還を要しないとする部分)は、「消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項」(法9条1号)に該当するというべきである。

【争点ⅲ】
㈠ 法9条1号の規定により、本件条項のうち本件費用等部分に関する部分は、「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害」(以下「平均的な損害」という。)を超える部分が無効とされるところ、本件契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害は、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害をいうものと解される。


㈡ これを本件について平均的な損害に関する被告の主張を踏まえて検討すると、次のとおりである。
 ア エー・ライツに対する手数料について
 被告がエー・ライツに対し、受講生1人当たりに支払っている手数料31万8888円は、被告の主張に照らすと、エー・ライツによるオーディションの勧誘及びその実施の対価として交付されているものであるから、その実質は宣伝広告費であり、本件契約を解除した受講者だけでなく、その他の受講者との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用とみるのが相当である。
そうすると、上記手数料は、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害には該当しないというべきである。
 イ 業務委託費用について
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、①株式会社カートエンターテイメントが行う業務は、本件スクールの運営に係る実務と所属タレントとの派遣及び講師のあっせんであるから、要するに、被告が定めるカリキュラム等に沿って必要となる講師等を派遣すること等であり、②劇団トワイライトムーン株式会社が行う業務も、生徒を獲得する入校対応についての被告の従業員に対する指導等であると認められる。以上の事実によれば、被告と上記2社との間の業務委託契約に基づく業務委託費用は、本件契約を解除した受講者だけでなく、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であり、単にその支払額を個々の受講者の入学を基準に算定しているものにすぎない。
 そうすると、このような業務委託費用は、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害には該当しないというべきである。
 ウ 入学対応のための人件費について
 仮に本件スクール本校の新人開発室所属の従業員や大阪校、福岡校及び札幌校の従業員が入学対応の業務を行っていたとしても、このような業務は、本件契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても行われるものであり、そのための人件費は、被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるといわざるを得ない。そうすると、これは、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害に該当しないし、少なくとも本件契約を解除した受講生の入学手続に要した人件費については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。
 エ 宣材写真撮影委託費用について
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、受講生が入学後レッスンを開始するまでの間に、受講生ごとに宣材写真の撮影を行っているところ、直近決算期において被告がカメラマンに対して支払った報酬等の合計が499万902円であり、同期における入学者数が1983人であったことが認められる。
 以上の事実によれば、宣材写真撮影委託費用は、本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害であり、平均的な損害に該当するというべきであり、その額は2516円であると認められる。
 オ 教材費について
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件スクールに入学した受講生に対し、パンフレット、入学申込書、レッスンガイド、テキスト、IDカード等の教材を支給しており、その費用が1人当たり595円であることが認められる。
 以上の事実によれば、上記教材費は、本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害であり、平均的な損害に該当するというべきであり、その額は595円であると認められる。
 カ 入学対応のための賃料について
 被告は、受講生の入学対応のためにも建物を賃貸しており、入学対応に対応する賃料負担額は、受講生1人当たり1万1077円であると主張する。
 しかしながら、証拠によれば、被告主張の建物は、本件スクールの校舎として賃借しているものと認められる。そうすると、上記賃料は、本件契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるから、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。仮に本件契約を解除した受講生との入学対応に要した賃料があったとしても、このような賃料については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。
 キ 光熱費について
 被告は、受講生の入学対応のためにも光熱費を支出しており、入学対応に対応する光熱費は、受講生1人当たり1617円であると主張する。
 しかしながら、証拠によれば、被告主張の光熱費は、本件スクールの各校舎で生じたものであると認められるから、被告の本件スクールにおける役務の提供により生じたものとみるのが自然であり、これが直ちに本件契約を解除した受講生の入学対応のために使用されたものであるとはいい難い。そうすると、上記光熱費は、本件契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるから、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。仮に本件契約を解除した受講生との入学対応に要した光熱費があったとしても、このような光熱費については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。
 ク ローン会社に対する保証金について
 被告の主張によっても、株式会社セディナの入学金ローンを利用する者は、直近決算期において443人であって、同期における入学者数1983人の4分の1以下にすぎない。そうすると、仮に、本件契約の解除に伴い入学金ローンを利用した受講生との関係で保証金相当の損害が生じるとしても、それは、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害には該当しない。
 ケ 履行利益について
 前提事実及び認定事実によれば、①本件スクールに入学する受講生は、その大半が随時実施されるエー・ライツのオーディションに最終合格した者であり、被告は、そのような受講生を随時本件スクールに入学させていること、②本件スクールの年間の入学者数は、1500人ないし2000人であり、このうち1年間の就学期間を満了するのは約半数程度であることからすると、受講生が本件契約を解除する場合において、当該受講生との関係において直ちにその就学期間の全部にわたり月謝が支払われる蓋然性があったとは認め難い。
 これらの事情に加え、【争点ⅱ】㈠イのとおり、被告が一定数の受講生が就学期間中に退学することを想定して本件スクールにおける人的物的教育設備の整備等を行っているものと推認することができることに照らせば、被告主張の履行利益(受講生から得られたであろう月謝)は、1人の受講生と被告との本件契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。


㈢ 以上の諸事情に加え、証拠によれば、被告は、従前入学時に納入される月謝以外の金員38万円の内訳を、入学金34万円、施設管理費2万円、教材費1万円、事務手数料1万円としていたことに照らすと、本件契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害は、被告主張の事情を最大限有利にしん酌しても、1万円を超えることはないというべきであり、同額と認めるのが相当である。


㈣ 以上によれば、本件条項のうち本件費用等部分に関する部分は、本件契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に該当する1万円を超える部分が無効である。


ウ 結論
 よって、原告の請求は、上記で説示した限度で理由があるから一部認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

参考資料

-

判決日・事案終了日

令和3年6月10日

ステータス

終了

適格消費者団体

消費者機構日本

お問い合わせ先

03-5212-3066

その他

-

消費者庁公表資料

この事案の経過