消費者機構日本と一般社団法人文化芸能国際交流機構との間の共通義務確認訴訟に関する判決の確定について

被害回復裁判詳細

事業分類

サービス業(他に分類されないもの)

事業者等名

一般社団法人文化芸能国際交流機構

事案の内容

 本件は、特定適格消費者団体である特定非営利活動法人消費者機構日本(以下「原告」という。)が、米国ニューヨーク市のカーネギー大ホール(以下「本件ホール」という。)において令和2年3月11日に開催予定であった合唱フェスティバル(以下「本件フェスティバル」という。)の主催者である一般社団法人文化芸能国際交流機構(以下「被告」という。)に対し、被告との間で本件フェスティバルに参加して演奏する契約を締結して演奏参加賽を支払った消費者(以下「本件各対象消費者」という。)に対し負担する、本件フェスティバルを開催して本件各対象消費者を合唱団演奏者として参加させる債務が、新型コロナウイルス感染症の影響で本件フェスティバルが延期されたことにより、当事者双方の責めに帰することできない事由により履行不能となったため、反対給付である演奏参加費の支払義務は平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前の民法」という。)第536条第1項により消滅し、被告が支払を受けた演奏参加費は法律上原因のない利得であると主張して、消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(以下「特例法」という。)第3条第1項第2号及び同項柱書※1に基づき、被告が本件各対象消費者に対し、本件各対象消費者が被告に支払った演奏参加費相当額の不当利得返還債務及びこれに対する履行請求をした日の翌日から各支払済みまでの改正前の民法所定の年5分(ただし、履行請求の翌日が令和2年4月1日以降である場合は民法所定の年3分)の割合による遅延損害金の支払義務を負うことの確認を求める共通義務確認の訴え(特例法第2条第4号)※2を提起した事案である。
 一審判決は(東京地方裁判所が令和6年8月23日に言渡し)、本件各対象消費者が被告に対し申込書を送付し演奏参加費を支払ったことにより、本件各対象消費者と被告との間で、被告が本件フェスティバルを開催し本件各対象消費者を合唱に参加させる債務を負う契約が締結されたと認め、令和2年3月6日頃、ニューヨーク市長が日本からの入国者に対して入国後14日間の待機を要請し、本件ホールが日本からの入国者の立入りを制限したことによって、上記債務は当事者双方の責めに帰することのできない事由により履行不能となり、演奏参加費相当額は改正前の民法第536条第1項に基づき不当利得として返還すべきものとなったところ、被告の利得はいまだ消滅したとはいえないと判断し、原告の請求を全部認容し、被告がこれを不服として東京高等裁判所に控訴した。
 東京高等裁判所は、令和7年2月6日、控訴を棄却する判決を言い渡し、一審判決は令和7年2月26日に確定した。

(※1・2)消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
 一~三 [略]
 四 共通義務確認の訴え 消費者契約に関して相当多数の消費者に生じた財産的被害について、事業者が、これらの消費者に対し、これらの消費者に共通する事実上及び法律上の原因に基づき、個々の消費者の事情によりその金銭の支払請求に理由がない場合を除いて、金銭を支払う義務を負うべきことの確認を求める訴えをいう。
 五~十 [略]

(共通義務確認の訴え)
第三条 特定適格消費者団体は、事業者が消費者に対して負う金銭の支払義務であって、消費者契約に関する次に掲げる請求(これらに附帯する利息、損害賠償、違約金又は費用の請求を含む。)に係るものについて、共通義務確認の訴えを提起することができる。
 一 [略]
 二 不当利得に係る請求
 三・四 [略]
2~4 [略]

注)上記の訴訟が提起された日現在の題名・規定

差止請求根拠条文

-

結果

確定判決の主文(一審判決より)
(1) 被告が、別紙対象消費者目録記載の対象消費者に対し、個々の消費者の事情によりその金銭の支払請求に理由がない場合を除いて、次の金銭支払義務を負うことを確認する。
ア 対象消費者が被告に支払った演奏参加費相当額の不当利得返還の支払義務
イ 上記アの不当利得返還義務に係る金員に対する履行請求の翌日から支払済みまで年5分の割合(ただし、履行請求の翌日が令和2年4月1日以降である場合は年3分の割合)による遅延損害金の支払義務
(2) [略]

当該裁判の主たる争点

理由
(1) 訴訟要件について
ア 多数性の要件について(特例法第2条第4号)
 延期前の本件フェスティバルについて、日本からの合唱団演奏者の正確な参加者数については証拠上明らかではないものの、証拠によれば、本件フェスティバルには、日本から一つの合唱団につき平均して少なくとも数十名の合唱団演奏者の参加が予定されていたと考えられるもので、そうすると、かなり控えめにみても、延期前の本件フェスティバルには日本から100名前後の合唱団演奏者が参加する予定であったと推認され、延期前の本件フェスティバルヘの参加を申し込んで演奏参加費を支払った合唱団演奏者のうち、相当程度の割合の者が延期後の本件フェスティバルに参加することができなかったと推認するのが相当である。
したがって、本件各対象消費者は、相当多数存在するということができるから、本件訴えは、多数性の要件を満たすというべきである。
イ 共通性の要件について(特例法第2条第4号)
 本件各対象消費者は、被告に対し、本件フェスティバルヘの参加を申し込んで演奏参加費を支払ったものの、本件フェスティバルの開催延期により本件フェスティバルに参加できなかった合唱団演奏者らであり、請求を基礎付ける事実関係が主要部分においていずれも共通している。また、その法的根拠についても、同開催延期により、被告の本件フェスティバルを開催する債務が履行不能になったことにより上記演奏参加費相当額が不当利得になったことを理由とするもので、共通性があることは明らかである。
 したがって、本件各対象債権は、「共通する事実上及び法律上の原因」に基づくものであって、本件訴えは、共通性の要件を満たすというべきである。
ウ 支配性の要件について(特例法第3条第4項)
 本件各対象消費者が被告に対し支払った演奏参加費の金額は、参加申込みの時期により異なるが、参加申込みの時期と演奏参加費の金額の組合せは3パターンにとどまる上に、演奏参加費を支払った際、支払日と支払金額が記載された領収書が被告から発行されることからすると、簡易確定手続(特例法第2条第7号)において、本件各対象債権の内容(金額)を適切かつ迅速に判断することが困難であるとはいえない。
 したがって、本件訴えは、支配性の要件を満たすというべきである。
(2) 本件各対象消費者と被告との間に、被告が本件フェスティバルを開催することを内容とする契約関係があるかについて
ア 被告は本件フェスティバルの主催者であり、本件フェスティバルに関する合唱団演奏者向けの案内文書等の名義人であるだけでなく、参加の問合せ先や申込先とされていたこと、被告が、自身の発行する申込書やパンフレットにおいて、合唱団演奏者に対し演奏参加費を自己名義の口座に送金するよう依頼し、合唱団演奏者らはそれに従い被告名義の口座に送金していること、被告が同支払に対し自らの名義で領収書を発行し、主催者の都合で催事が中止になった場合は演奏参加費全額を返還する旨明記して、被告自身が演奏参加費を返還する場合があることを明記していること並びに被告が本件フェスティバルの収支予算書及び収支決算書において、演奏参加費を被告の収入として計上していることが認められる。
 このような事情に照らすと、被告としては、自らが契約の主体として、合唱団演奏者らから演奏参加費の支払を受け、その対価として、本件各対象消費者のために本件フェスティバルを開催する債務を負う旨の意思表示をしていたものというべきであって、被告が本件各対象消費者から申込書の送付を受け、演奏参加費の送金を受けた時点で、本件各対象消費者と被告との間に、被告が本件フェスティバルを開催する債務を負うことを内容とする契約が締結されたと認めるのが相当である。
イ 被告は、控訴審において、指導指揮者が、自らが指導する合唱団演奏者に対し、本件フェスティバルへの参加を募り、本件フェスティバルの演奏曲の選定や練習を実施し、合唱団演奏者が、指導指揮者からの説明・指示により渡航を中止する判断を行ったこと、原告に返金を希望する文書を送付しているのが特定の合唱団に所属する9名のみであること等をもって、本件各対象消費者と契約関係にあるのは指導指揮者である旨の補充主張を行うが、指導指揮者の当該行為は主催者である被告との覚書等に従ったものであり、本件ホールが日本からの入国者の立入りを制限したこと等を説明したのも、指導指揮者としての行動であり、被告と本件各対象消費者との契約の存在と矛盾する出来事とはいえない。
 また、日本の合唱団参加者のうち演奏参加費返金の希望を被告に直接伝えたのが特定の合唱団の9名のみであるからといって、返金を希望しているのがこれらの者に限られると認めることはできず、本件事実関係の下で、契約当事者が被告であることを否定する根拠にはならない。
(3) 被告の本件フェスティバルを開催する債務が履行不能となり、本件各対象消費者から受領した演奏参加費相当額が被告の不当利得となったかについて
ア 本件フェスティバルが「日米親善・草の根交流」や「東日本復興支援」をうたっているものであり、このような本件フェスティバルの目的及び趣旨からすると、日本の合唱団員が参加することはその開催に当たって不可欠な要素ということができる。
 また、本件フェスティバルに参加する日本の合唱団演奏者においては、高額の費用や長時間をかけて渡米する必要があることに加え、大人数で歌声を調和させるという合唱の性質上、本件フェスティバルの本番に向けて、複数回にわたり計画的に練習を実施する必要があることは当然であり、このような点に照らすと、本件フェスティバルの開催期日は契約上極めて重要な要素というべきである。
 そして、米国ニューヨーク市長が令和2年3月6日頃に日本からの入国者に対して入国後14日間の待機を要請し、これを受けて本件ホールが日本からの入国者の立ち入りを制限したことにより、同月9日に日本を出発する予定であった日本の合唱団演奏者が同月11日に本件ホールで開催される予定であった本件フェスティバルに参加することは不可能になったといわざるを得ず、この時点で、被告において、日本の合唱団演奏者が参加できる状態で本件フェスティバルを開催する債務が履行不能になったと認めるのが相当である。
 したがって、被告の本件各対象消費者に対する本件フェスティバルを開催する債務は、当事者双方の責めに帰することのできない事由によって履行不能になったと認められるから、被告が本件各対象消費者との契約に基づき支払を受けていた演奏参加費相当額は、民法第536条第1項に基づき不当利得となったと認められる。
イ 被告は、控訴審において、合唱団演奏者の最大の目的は、大音楽家及び名演奏家が歴史的な初演、名演を行い、音楽家の最高の憧れの舞台であり、出演の機会が非常に得難い唯一無二のコンサートホールである本件ホールヘの出演であり、本件フェスティバルの核心部分は、本件ホールで観客を入れて多数の合唱団が参加して合唱を行う点にあるから、令和2年3月11日という開催日は重要ではなく、本件フェスティバルの開催日が延期されただけであり、履行不能にはなっていない旨の補充主張を行うが、契約上の債務が履行不能となったといえるかは、契約及び取引上の社会通念により判断すべきである(民法第412条の2第1項参照)。
 そして、被告と本件各対象消賀者との契約において、本件ホールで演奏を行うことが重要な要素であったことは被告の主張するとおりであるが、本件各対象消費者が本件ホールで演奏するには、日本から米国ニューヨーク市へ渡航して練習及び演奏をする必要があり、そのためのスケジュール調整、費用の負担及び体調意欲の維持管理が必要となるから、開催日として提示された令和2年3月11日に実施されることも、契約及び取引上の社会通念に照らし、重要な要素であるといえる。
 したがって、新型コロナウイルス感染症の影響で、日本からの入国者が本件ホールに同日立ち入ることができなくなったことにより、被告と本件各対象消費者との契約における被告の債務は、契約及び取引上の社会通念に照らし、履行不能となったといえる。
(4) 被告の演奏参加費に係る現存利益の有無について
ア 金銭の受領による利得については、これを債務の弁済や必要な経費等の支払に充てたときなどは、債務額の減少や経費の支払による便益の享受といった形で利益が現存しているというべきであって、金銭の利得について、実際に現存利益の消滅を認め得る場合はまれであるということができるところ、かかる金銭の受領による利得について現存利益が存しないことについては、不当利得返還請求権の消滅を主張する者が主張立証すべきであると解される(最高裁昭和62年(オ)第888号平成3年11月19日第三小法廷判決民集45巻8号1209頁参照)。
 これを本件についてみるに、被告の第9期(平成31年4月1日ないし令和2年3月31日)及び第13期(令和4年8月1日ないし令和5年7月31日)決算報告書に当期純損失が計上されているものの、上記に照らすと、そのことのみで被告の演奏参加費に係る利得が消滅したということはできず、本件全証拠によっても、他に同利得が消滅したことをうかがわせる事情は認められない。
イ 被告は、控訴審において、演奏参加費は、本件ホールの使用料に充てたり、指導指揮者に対する演奏料に充てたりし、為替損失もあるため、現存していない旨の補充主張を行うが、上記支出を裏付けるに足りる送金記録、領収証、契約書や交渉記録といった証拠を提出しておらず採用できない。
 また、上記に充てるため費消し、その際に為替損失が生じたとしても、被告が支払うべき債務(外貨建て債務を弁済する際の為替損失分を含む。)の弁済による消滅という形で被告に利得が現存しているといえる。
 したがって、被告の補充主張するところを考慮しても、被告において利得が現存していないとは認められない。

参考資料

判決日・事案終了日

令和7年2月26日

ステータス

終了

特定適格消費者団体

消費者機構日本

お問い合わせ先

03-5212-3066

その他

-

消費者庁公表資料

この事案の経過

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