本件は、適格消費者団体である特定非営利活動法人消費者支援ネット北海道(以下「消費者支援ネット北海道」という。)が、株式会社ハイチエイジェント(以下「ハイチエイジェント」という。)に対し、同社が使用する建物及び駐車場賃貸借契約の下記条項(以下「本件条項」という。)について、消費者契約法(以下「法」という。)第8条第1項第1号及び第3号並びに第10条(※1)に規定する消費者契約の条項に該当し無効であるとして、下記のとおり本件条項の使用中止又は変更を求めた事案である。
ア 本件条項
【建物賃貸借契約】
1 家賃・共益費・駐車料及びその他これに準ずる費用について、契約終了日(解約の場合を含む)の属する月においては、日割計算は行わないものとする旨の契約条項
2 「賃借人又は連帯保証人が死亡し又は禁治産若しくは準禁治産の宣告を受けたとき、若しくは賃貸住宅内の家財道具等の差押さえがあったとき、若しくは破産の申立てがあったとき」は、賃借人が直ちに賃貸人に通知しなければならないとする条項
3 賃貸人は、賃借人の行為が契約書に定める事項に該当するときは、催告その他法定の手続によらないで本契約を解除することができるとする条項のうち、以下の条項
(1) 賃貸住宅の入居申込書等に虚偽の事項を記載し、その他不正な手段により賃貸住宅へ入居したとき。
(2) 家賃等を10日以上滞納したとき。
(3) 家賃等の支払いをしばしば遅延することにより、その支払能力がないと賃貸人が認め、かつその遅延が本契約における賃貸人・賃借人間の信頼関係を害するものであると賃貸人が認めたとき。
(4) 契約書上に賃借人が直ちに通知する義務が定められている事項につき、賃貸人に対する通知を怠ったとき。
(5) 賃貸人の承諾を得ないで契約書上に賃借人が貨貸人の承諾を得る義務が定められている事項に該当する行為を行ったとき。
(6) 賃貸住宅を賃借人の責に帰すべき事由により汚損・破損又は減失して、財産上の価値を著しく減少させたとき。
(7) 用法遵守義務違反・善管注意義務違反、管理規約等の遵守義務違反、転貸・譲渡禁止違反があったとき。
(8) 賃借人が1ヶ月以上行方不明となり用法遵守義務及び善管注意義務が果たせないとき。
(9) 共同生活の秩序を著しく乱す行為があったとき。
4 退去(引越し)に伴う電気・ガス・水道・灯油代等の代金清算手続を完了しなければ明渡したとは認めない旨の条項
5 賃借人が明渡しに際し、賃貸住宅又は敷地に残置した物品については、所有権を放棄したものとみなし、賃貸人が任意に処分することができるとする条項
6 賃借人が、明渡しに際して、賃貸人・賃借人間で合意したものを除き、賃貸人に対して名目の如何を問わず立退料等の金銭の請求をできないとする条項
7 賃借人が1ヶ月以上行方不明となり、賃貸物件を善良な管理者の注意をもって保全し、使用することができないとき、賃貸人が連帯保証人又は適当な第三者の立会の上、賃借人の家財等を整理し、任意の場所に保管し、その後1ヶ月を経過しても引き取りなき場合は賃借人の債務に充当することができるとする条項
8 賃借人が代理人をもって契約を締結した場合に、代理人の行為一切について賃借人がその責を負うものとする条項
【駐車場賃貸借契約】
9 契約の開始月及び終了月が月の途中である場合でも賃料の日割計算をしないとする条項
10 賃貸人が、駐車場の保守・管理・運営上または建物の保守・管理・運営上必要と認めた場合に駐車場の使用を禁止し、または使用時間帯の制限をすることができるとする条項
11 賃貸人が必要と認める修理・変更・改造または保守作業等を実施した場合、賃借人が不便・損害を被ることがあっても、賃貸人はその責を負わないとする条項
12 駐車中の自動車の保管に関してあらゆる事故について賃貸人は一切の賠償の責を負わないとする条項
13 賃貸人は、契約書に定める事項に該当するときは、催告その他法定の手続によらないで本契約を解除することができるとする条項
14 賃貸借契約終了時に駐車場内に残置された賃借人の所有物があるときは、賃借人がその時点でこれを放棄したものとみなし、賃貸人は撤去・処分に要した費用を賃借人に請求できるとする条項
15 賃貸人が不適当と認めたときは、賃貸人が相当と認める連帯保証人を賃借人が立てなければならない義務を定める旨の条項
イ 理由
【建物賃貸借契約】
1 上記1の条項は、賃料等の日割計算を定めた民法第89条第2項の適用による場合に比して消費者の義務を加重するものであり、かつ、賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があること及び賃貸借契約書の書式が不動文字であり交渉が予定されていないことから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
2 上記2の条項に定めるような義務は法令上ないことから、上記2の条項は、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の義務を加重するものであり、かつ、プライバシーにかかわる情報の提供を合理的理由なく強制するものであること、賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があること及び賃貸借契約書の書式が不動文字であり交渉が予定されていないことから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
3 上記3(1)、(2)及び(4)から(9)の条項は、当事者相互の信頼関係の破壊が認められない場合であっても、賃貸人の無催告解除を認めるものであるから、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものであり、かつ、解除によって賃借人は生活の基盤を失うおそれがあること及び賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
また、上記3(3)の条項は、客観的に解除事由等の有無について裁判所での判断を受ける賃借人の権利を制限するものであるから、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものであり、かつ、解除によって賃借人は生活の基盤を失うおそれがあること及び賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
4 上記4の条項は、賃貸借契約上の義務とは無関係の義務の不履行を理由に明渡しがあったことを認めないものであるから、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は義務を加重するものであり、かつ、消費者には遅延損害金の負担が生じること及び賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
5 上記5の条項は、自力救済を禁止する民事法の一般原理に反するものであるから、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものであり、かつ、契約締結時には、賃借人が被る経済的不利益の金額を予期することができないこと及び賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
6 上記6の条項は、賃貸人の故意又は過失を問わず、賃貸人の債務不履行及び不法行為責任の全部を免除するものであり、法第8条第1項第1号及び第3号に該当し無効である。
また、上記6の条項は、賃借人の必要費及び有益費償還請求権を含むあらゆる権利を放棄させるものであり、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものであり、かつ、契約締結時には、賃借人が被る経済的不利益の金額を予期することができないこと及び賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条にも該当し無効である。
7 上記7の条項は、自力救済を禁止する民事法の一般原理に反するものであるから、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものであり、かつ、賃借人には異議を申し立てる機会がなく、緊急やむを得ない事情に限定もされていないことから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
8 上記8の条項は、代理人の無権代理行為は、本人が追認しない限り本人に効果帰属しないことを定めた民法第113条第1項の適用による場合に比して消費者の義務を加重するものであり、かつ、賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
【駐車場賃貸借契約】
9 上記9の条項は、上記1の条項と同趣旨の理由から、法第10条に該当し無効である。
10 上記10の条項は、客観的に駐車場使用の可否について裁判所での判断を受ける賃借人の権利を制限するものであるから、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものであり、かつ、駐車場の使用の可否等は消費者の生活に影響を与える重要な事項であること及び賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
11 上記11の条項は、客観的に修理・変更・改造または保守作業等の必要性について裁判所での判断を受ける賃借人の権利を制限するものであるから、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものであり、かつ、賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
また、上記11及び12の条項は、賃貸人の故意又は過失を問わず、賃貸人の債務不履行及び不法行為責任の全部を免除するものであり、法第8条第1項第1号及び第3号にも該当し無効である。
12 上記13の条項は、上記3の条項と同趣旨の理由から、法第10条に該当し無効である。
13 上記14の条項は、上記5の条項と同趣旨の理由から、法第10条に該当し無効である。
14 上記15の条項は、賃貸人が、賃借人の義務の内容を一方的に決定する権限を付与する条項であり、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は義務を加重するものであり、かつ、賃借人は事業者の一方的判断により契約を解除されるおそれがあること及び賃貸借契約の締結に関して、事業者と消費者の間には交渉力の構造的格差があることから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、法第10条に該当し無効である。
(※)消費者契約法
(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)
第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
二 [略]
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
四 [略]
2 [略]
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
注)上記の差止請求が行われた日現在の規定